このページでは大峯山に関する事柄を年表にしてみました。
西 暦和 暦事 柄
638年舒明 6年役の行者、大和国葛城茅原の里に生まれる
670年白鳳11年役の行者、大峯山(金峯山)を開基す
699年文武 3年役の行者、妖言をなし世を惑わした廉で伊豆大島へ流される
701年大宝元年役の行者、無罪となり伊豆より帰国
874年貞観16年聖宝、醍醐創建に着手す
890年寛乎年間真言の僧、聖宝に依り大峯山、中興す
905年延喜 5年宇多上皇、金峯山に参詣
1007年寛弘 4年関白藤原道長、厄除けに参詣。納経する。
1092年寛治 6年白河上皇、参詣(法華経供養)【この頃、貴神の金峯山詣り盛んとなる】
1190年正治 1年山上本堂(大峯山寺本堂)藤原秀衛に依り興隆
1200年 〃 2年山上本堂、藤原家に依り修理
1263年弘長 3年本堂、炎上
1264年文永 1年即、建立
1527年大永 7年再建
1586年天正14年大峯山本堂、焼失
1688年元禄 1年本堂運営に着手【この頃より役講があったものと思える】
1691年元禄 4年内陣、完成【関白藤原道長の納経の経筒発見】
1703年宝永 4年聖宝、理源大師の称号を賜る
1799年寛政11年役の行者、光格天皇より神変大菩薩の称号を賜る
1882年明治15年九月、洞川区吉野区和解条約成る。
1885年明治18年七月四日、和解条約締結す。本堂の権利は五分五分
1887年明治20年営膳講を各地に作り、本堂大修理を行う
1897年明治30年大修理、終了
1983年昭和58年昭和の大修理始まる
1986年昭和61年12月、完工
2000年平成12年役の行者没後千三百年御遠忌
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